日本における石綿被害とリスクアセスメント

                

          

 

 私はこの度、「石綿の周辺住民への被害」についてのビデオを鑑賞させて頂いた。新聞に目を通すことがよくある私にとって、「石綿」による被害についてはもちろん知ってはいたが、トリインフルエンザ事件と同じほど、いやそれ以上かと思われるほど頻繁に目にしていた内容なので、私は不覚にも大したことのないような心持ちとなっていた。しかし、このビデオは私のそんな気持ちを一転させた。言い換えれば、改めて「石綿」の被害の実態とその深刻さを再認識させられたという感じである。

      

 

 石綿とは、60年代の高度経済成長期の只中にあった我が国で工業製品の原料として用いられてきた物質である。耐熱性があり、使い勝手のよい物質であるということでさかんに輸入されてきた。しかし70年代になって、石綿の発ガン性が指摘され始め、石綿肺や石綿胸膜炎などを引き起こしたケースも見られ始めた。政府は、北川正信と林久人という2人の科学者をアメリカへ派遣させ、当時アメリカでも深刻となっていた石綿の被害について調べさせた。2人は石綿についての研究の第一人者であったアーウィング=セリコフ博士の元を訪れ、北川氏は石綿が悪性中皮腫などの健康被害をもたらすという理念を、林氏は石綿の飛散による周辺住民への被害の恐れとその調査の必要性を、それぞれ政府に報告した。ところが政府はこれを無視。再三にわたる彼らの訴えをも一蹴した。その結果、石綿問題は数十年間も放置されることとなってしまったのである。

 使い続けていた石綿が有害物質であることが判った。そこまでは仕方ないとしても、なぜ2人をアメリカに派遣までしていた政府が2人からの報告を無視したのか。もっと早く被害を調べ、対策を取り得なかったのか。そんな思いのもと、私はかつて林氏が持ち帰った理念に通じるものがある「リスクアセスメント」について調べてみることにした。

 

 「リスクアセスメント」とは、周辺の環境や生態に対して著しい害を及ぼし得る事業を行う際、事前にその害について調査・評価をして、それに基づいた環境配慮を行うことである。私は関連文献の検索を行い、インドにおける石綿被害に関する論文を選び出した。インドは知っての通り、中国と並んで世界で最も経済発展が著しく、国際的に注目を浴びている国である。そのインドでも、かつての我が国のように大量の石綿を消費し、石綿による健康被害が出てきているそうである。

 論文はそのインドにおける石綿汚染の90%が発生したRajasthan州における報告書であった。インドでは我が国とは違って、未組織な状態において石綿を用いた製粉産業が行われており、その製粉作業に携わっていた労働者たちの間で咳や血痰、果てには我が国と同様な病を患う人々が出始めたのである。そのため、インド国内の工業関連の衛生学の方針がこの地区における空気中に流布された石綿の繊維に焦点を定めることが決定され、原因の究明に全力が傾けられたのである。この論文で注目したのが、「今回のケースにおけるリスクアセスメントでは、使われていた石綿の種類と繊維の形状の特徴を特定していくことは不可欠な要素である」という記述である。つまり、労働者に対するリスクアセスメントの意識が進んでいることがわかる。この進んだ意識と早急な行動によって、被害の原因が、石綿を扱っていた施設が旧式の製造技術を未だに使用していたことと石綿の汚染をコントロールするための機器の不足にあることが突き止められ、それに応じた対策が取られていくことで決着したのであった。

 

 こうしたインドの例はかつて石綿被害に遭っていた我が国などの前例があったからこそだとも言えるだろうが、そんな我が国でもアメリカで起こっていた前例を元に同じような行動や対策がとることが出来たはずである。二人の優秀な科学者を石綿研究の先駆者のもとへ送り出し、れっきとした忠告を持ち帰らせることまでさせていた政府がその忠告に耳を賀さず、問題を放置していたのには落ち度があったとしか言い様があるまい。

 政府のみならず、企業にも同じことが言える。70年代、国内に石綿産業の大部分を司っていた大企業「クボタ」が当時、アメリカにおける石綿産業の代名詞的存在であった大企業「マンビル社」に対して、自社の社員の派遣を要請する文書が見つかり、しかもその内容には石綿による周辺住民への被害を認識していたととれる記述が見られたのである。また、「クボタ」は同じく同社の幹部数名をアーウィング=セリコフ博士の元へと派遣し石綿被害の重要性を知らされていたという事実がある。しかし、「クボタ」自身はこうした動きを見せていたにも関わらず、その後もこの事実を周辺にも、世間にも公表することがなく、そして石綿の使用を止めることもなかった。リスクアセスメントに通じることは何一つとしてなく、これも石綿問題の放置の一因となってしまった。きっかけの行動を起こしていながらも、それを途中で取りやめるという中途半端な部分が政府のケースと酷似しており、興味深いとも言える。

 

 政府は石綿被害を放置していた理由について、「患者と直接接したことがなく、重要性を認識していなかった。」と回答しているが、私は前述の行動から見ても、政府は当時の良好な経済状態とその状態を支えていた大きな要素の一つであった石綿に対する危険性に疑惑の間で板ばさみに陥ったあげく、石綿のもたらす莫大な利益と可能性に屈し、前者の方を優先させてしまったという印象を受ける。だから政府は、石綿の全面禁止はさせず、‘管理使用’扱いに指定するにとどめたのではないか。「クボタ」に関してもそうである。当初はアセスメントに関する考え方がない時代だったから、と割り切って考えていた私だったが、前述の文書から見ても、周辺住民への被害を危惧し、リスクアセスメントに通じる考え方は既に持っていたのだと思う。その気になれば、今日叫ばれているリスクアセスメントの模範ともいえよう行動は起こせていたはずなのだ。だが、自社を揺るがすことになってしまうと目を背けてしまったのではないだろうか。

 

 いずれにせよ、石綿問題は2004年に石綿の使用が全面禁止とされるまでの30年間以上もの間、ほったらかしにされた形となり、今日、医療界を含めた社会全体がそのツケを払わされている状態となっている。かつて、石綿産業に関わったり、石綿工場の周辺に住んでいた経歴を持つ人々の中から石綿による健康被害を起こす人々が続出したのである。石綿による疾患は潜伏期が長く、すぐには見つからず、故に悪化しやすく、気付いた時にはもはや手遅れという性質の悪いものである。当時、石綿を体内に取り込み続けてきた人々が数十年という長い潜伏期間を経た現在となり、発症したというわけである。私は将来医師を目指す立場の人間として、今こうした現状を見ると、石綿の有害性に気付いていながらも、石綿の使用禁止を今日まで先送りにし、被害の実態の調査ですらろくに行ってこなかった政府や企業の今までの姿勢を批判せざるを得ない。事実、兵庫県にて、かつて「クボタ」の工場があった場所から半径1.5キロの範囲内で、石綿による悪性中皮腫の患者が続出するという世界的にも稀なケースが見られてしまったのはそうした結果の象徴と見るべきであろう。

 私も将来、医師の1人として生きるようになってから、石綿による健康被害を被られた患者様方とそしてその背景にある問題と向き合うことにもなっていくであろう。そこで重要だと思うのは、我々はただ「医者」として患者様の治療やサポートに当たるのみではなく、同じく「医者」として政府や企業に対して、患者様の声を、事の重大性を訴えていく流れを作っていくことである。私が今回選んだテーマである「リスクアセスメント」に関してもそうである。つい最近になって、「環境アセスメント法」などの施行によって、様々な分野におけるリスクアセスメントも重視されつつある。私は医者が、ひいては医療に携わる人々全てが政府や企業が行うアセスメントの調査に積極的に参加し、人体に対する影響など、自分たちの専門分野で出来る限りの協力をしていき、政府や企業の決定方針の後押しをしていくことが、同じ過ちを繰り返さないようにしていくことにつながっていく1つではないかと考えるのである。

 

 

                   2007年 4月 30日

 

               

                          <完>